それから/夏目漱石
姜尚中氏の本に触発されて、初めて夏目漱石の『それから』を読みました。
読み始めてから知ったのですが、本著が毎日新聞上で発表されてから今年でちょうど100年だそうです。
100年前に書かれたとは思えない本ですね。
夏目漱石という人が時代の先を予見していたのか、それとも100年経っても人の内面が変わらないのでしょうか。
主人公は、30になっても親の脛をかじって生活し、"パンを食べるための労働"を否定し、結婚もせず、思索する日々を送っている代助。
現代でいう"ニート"ですね。
弁は立ち、高尚な趣味を持っているから、自分を"高尚な人間"と見て、他人を卑下している。それでいて自分からは何もしない男。
・・・うーん、現代社会に沢山いそうです(私もそういう性格に近いかも)。
しかし、明治時代にこういう性格の主人公を作ったというのは意外ですね。
そんな彼が、かつての親友と再会し、以前彼に周旋した妻と不倫関係に陥る・・・という話です。
何事にも情熱を燃やしたことがなかった代助が、突然不倫に目覚めます。
常に論理的な思考をし、情熱や誠実を否定していた代助が、支離滅裂な論理で不倫に目覚め、破滅に堕ちていく・・・というプロットが面白いですね。
最終的には何もかも失い、自分が嫌っていた"パンを食べるための労働"を強いられることになり、物語は終わります。
ただ、解説等を見ると「悲劇」とか書かれていますが、必ずしもそうではないのでは?と思いました。
その後の代助については描かれていないわけですけど、本来能力の高い人間だし、働く気になれば働けそうな気もします。
"生まれ変わるためには激しい痛みを伴う"ということを描いた小説とも取れるんじゃないかなぁとか考えました。
人それぞれ捕らえ方は違うと思いますが、私はなぜか「悲劇」のこの本に勇気付けられました(笑)
明治時代にもこんな人がいるんだもの、今の世の中ならもっと当たり前にいるさ♪
少なくとも自分は代助ほど堕ちていないという安心感。
一方で考えたことは、やはり"考えすぎ"は身を滅ぼすのだろうということ。
人の脳はそこまで高尚にできていないことを、漱石は知っていたんでしょう。
代助は考えすぎた挙句、行動に移せない典型だと思いました。
考えれば考えるほどベクトルが変な方向に向いていく・・・![]()
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そんな代助に同情しながら、自分にも「我がふり直せ」と考えた一冊でした。
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