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2009年7月 8日 (水)

寛仁親王牌が終わって

昨日まで青森競輪場で開催されていた競輪GⅠ「寛仁親王牌」

優勝は、千葉の海老根恵太選手でしたsign03

3月のダービーを征した武田豊樹選手、6月の高松宮記念を獲った平原康多選手とともに、若手機動型の雄と呼ばれる人。

「GⅠ制覇に限りなく近い」と呼ばれ続けてなかなか獲れなかった3人が立て続けにGⅠを獲ったことで、新しい時代が来たのかなと思います。

 

決勝レースは、海老根選手が上手かったですね。

関東三者の作戦どおりの展開で、神山選手の絶好かと思われたのですが、そこを見事に差しての優勝。

タイミングが少しでも遅ければ負けていたし、逆に早ければ伏見選手に負けていたと思います。

素晴らしい勝ち方でしたflair

 

その一方で、絶好のチャンスを逃した神山選手。

かつての「王者」も年齢とともに衰えてきているんだろうなぁ・・・と感じずにはいられませんでした。

あれだけのお膳立てがされていて・・・勝てないんだもんなぁ。

 

さて、その「お膳立て」についてですが。

競輪では当たり前のように、「A選手がB選手を勝たせる競走」をしています。

なぜ「勝たせる」競走をするのか、理由は様々ですが、同郷の先輩・後輩だからとか、あるいは日頃からお世話になっているからとか、そういう理由です。

もちろんルールに定められているわけではなく、暗黙の了解みたいなものです。

昨日の決勝で言えば、平原選手と武田選手が神山選手を「勝たせる」ために、自分を犠牲にした競走をしていました。 

 

そんな「絆」による結束が競輪の一つの文化であり、それゆえにドラマが生まれることは否定しません。

見ている側もそこを解った上で予想しているはずです。

しかし個人的には、前時代的な文化、という印象をぬぐえません。

他の選手を勝たせるような競走がなぜ許されるのか、理解に苦しみます。

 

競輪選手はアスリートです。

競馬、競艇、オートレースは、馬や機械を使って走りますが、競輪は自分の足で走らなければいけません。

ギャンブルの中では最もスポーツ性を持っています。

そして、スポーツの目標は勝つことにあると思うんですよね。

でも、競輪選手は自分以外の誰かを勝たせようとする・・・ここが解らないんですよね。

 

特にGⅠの決勝なんて、何度も乗れるわけではありません。

少し調子を崩せば次は乗れないかもしれないのに、自分が勝とうとは思わないというのが不思議です

また、選手は自分の車券を買ってくれたファンが怒った場合、どう説明するんですかねぇ・・・。

ナゾです。

 

競輪がそういうスタンスでいる限り、新しいファンは入ってきづらいでしょう。

文化は大切かもしれませんが、変えることも必要だと思いますが。

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